妙高山~火打山 七年前のリベンジなる!

山行実施日;2009年8月22日~23日
参加メンバー;Hi・T(L)、Yo・T、Ki・K、Ka・T、To・T、Ta・T

7年前「雪と酒で登頂は阻まれる」(会報250号)という報告。―冬の火打岳・妙高山を目指した11人の参加者の多数は飲兵衛だった。4時に宴会が始まり、夕食は「レストランT」の“特性タレの生姜焼き定食”だった。「激論バトル」が始まり9時過ぎまで続く。起床は3時のはずだったが飲んだくれ連中の寝坊で5時。快晴無風の中8時にやっと出発。出発があまりに遅かったため大倉乗越で時間切れの撤退。―
というものだった。
8月も盆をすぎて、さて夏休み最後の夫婦山行はどこにするかな?考えていたら電話「火打・妙高に行かない?」勿論OK。今、行こうかなと考えていたところだ。これで7年前のリベンジだ。

Hi.T山行、珍しく朝6時宮原出発。順調に燕温泉へ。燕温泉出発は10時。温泉街(と言っても2軒はつぶれていて4~5軒しかない)を過ぎるとすぐ急登。Hi.T、Ki.K、Yo.T、高橋姓Tの3人は喘ぎあえぎ燕新道を登る。次は麻平、次は渡渉、次は黄金清水、次は分岐と目標を設定して頑張るがなかなか目標に到達出来ない。どの目標も昭文社地図の2割増しの時間がかかるがつらさはそれ以上だ。結局黒沢池ヒュッテは15時、高谷池ヒュッテ到着は16時。今日の火打山登頂は諦め疲労回復の宴会に切り替える。
ビール、ウィスキーワインが並ぶ。夕食用の食材が出される。今日の「レストランT」メニューは“鰻丼”だ。ビックリだ。光栄にも担いできたのはオレだ。いやHi.Tシェフの心遣いで栄誉を頂戴した。世の中で鰻ほどうまいものはない。いつもながら「レストランT」のメニューには感心させられる。山上レストランの面々は各々が紳士的にアルコールを摂取し、7年前の山上とはだいぶ雰囲気が違う。激論バトルもない。“T挑発”も不発に終わり、静かな会話も他のテント者を配慮して9時までで終了。
今回の宴会は、酒の量がほどほどだったので3時に起きることが出来た。5時に出発。空身の湿原の木道歩きは快適。7時前には火打山(2,462m)頂上。日本海側に薄い雲がかかっていたが西方向の北アルプスは朝日が当たって綺麗だ。7年前と同じだ。
テントを撤収し、荷物をまとめて9時過ぎ妙高へ向け出発。大倉乗越までは快適であった。かつてここで撤退したのかと思いだせば、これからの頂上までの道のりを期待し登頂意欲がわいてくるはずだが、本峰を見た途端意気消沈してしまった。これから外輪山を150m急降下、本峰を450m急上昇。ウンザリである。
根曲竹の切り株だらけの歩きにくい道を下りきった時はもうヘトヘト。石だらけ急斜面を登り切り、1時に妙高山(2,456m)頂上に着いたときはエネルギーを使い果たしたような気がした。すぐ、クサリの連続。気が抜けない。下からはちいさいな子どもがヒョイヒョイ登ってくる。あの身軽さが羨ましい。
いつものことだが下りはつらい。5分ごとに時計を見ては溜息をつく。精神的にも疲れている。しかも、こういう時に限ってさらに疲れを増すような事態に陥る、神経を逆撫でするようにベチャクチャしゃべる人物の登場である。
我々にへばり付いたおばさん達が背後から我が耳を襲う。前に行ってもらおうと促すと「いいです。仲間が後ろに何人もいるから。」という。「だったらみんなと一緒に行け、トムラウシ事件と同じになるぞ。」と言うと「道は1本だから大丈夫。」と言って相変わらず付いてくる。いい加減で怒鳴ってやろうかと思ったが、ここでリーダーHi.T「1本」を宣言。さすが、難なく彼女らを無言で追いやった。
つらい下り道を黙々と歩く。無言の6人が口を開いたのは15時半、「硫黄の臭いだ。」突然強烈な硫化水素ガス。地図を見ると北地獄谷とある。まともに嗅いだらガス中毒になりそうだ。沢の水は温泉である。沢の岩は湯の花で真っ白だ。頂上にいたときも時々臭いを感じていたがこれだった。
崖崩れを補修した道をしばらく下ると滝が見えてきた。称名滝、これは温泉の滝だ。滝壺下の沢の向こうに葦簀張りがみえる。「温泉だ!」。興奮して思わず大声をあげた。超秘湯である。地図にはない。時間があればはいりたかった。諦めて下る。ここからは山道が舗装されている。浸かりにくるものを想定してつくられたのかと思うと惜しく、未練がましく振り返ると、なんと滝は二段になっている、下の方は光明滝だ。滝を見ながら温泉か。未練が残るなあ。
悔しさを胸にしばらく下りると赤倉温泉の源泉施設がある。「ああ、温泉!」17時、燕温泉“黄金の湯”到着。もうガマンできない。だれも入らないと言うがオレだけは入るぞ。我一人ドブン。自分で入浴証拠写真。これで安心、二分間だけ浸かってみんなを追う。
T車は関温泉の旅館前に到着。ここで全員が汗を流し、源泉100%掛け流し、ナトリウム・塩化物・炭酸水素塩泉の湯を身体に染み込ませ、行程12時間、過酷だった山行の疲れをとる。
赤倉温泉の食堂で腹ごしらえしたあと、渋滞の上信越道を戻ってきた。皆が自宅に着いたのは7年前同様、0時前後だった。
今年の夏山はどこもきつく感じた。やっぱり歳だろうか、それとも運動不足なのだろうか。(To・T記)