アンナプルナの 夕焼けを撮りたく

山行実施日;2010.10.14-11.10
参加メンバー;Te.I

一昨年からの宿題、ツロブギン峠からのアンナプルナの夕焼けを撮りたくて計画、さらに六年前のダウラギリBC写真トレック時の宿題をカバーするために北側のフレンチ・パスへのトレッキングも合わせてでかける。ネパールのエージェントは昨年と同じで事前にメールで日程、費用などを打ち合わせている。

 羽田から関空、夜行便でバンコク、約六時間の待ち合わせでネパールへ向かう。空港で現地エージェントと落ち合い、午後の便で登山口が近いポカラへと向かう。翌日トレッキング出発点のジョムソンへ飛ぶ。スタッフと合流してトレッキングを始める。ネパールも観光化が進みバスをはじめとした交通機関が整備?され、巡礼者のためにベニからジョムソンまでバスが頻繁に運行されるようになった。バスを利用してカロパニへ向かう。此処で食料や荷物の整理を行い、翌日ツロブギン峠へ向けてトレキングを開始する。デウラリにて一泊、さらに奥に進み急坂を登り詰めてツロブギン峠への途中のカルカにて二泊目。此処で問題発生、有るはずの水が無い。昨年はあったのに今年はすっかり枯れていた。スタッフが付近を探すが無い。仕方なくその夜は水無しの食事、当然お茶もなし。翌日は朝食なし、当然水無しで出発する。3700㍍から4300㍍へ、キッチンテントは残して、後で取りに来ることにして登り始める。空腹と水が飲みたくて辛かった。昨年有ったはずのため池が無いと大変なことになる。岩稜のトラバースも難なく越えて緩やかな草原になり稜線に出る。昨年の記憶を頼りにため池を探す。稜線を超えたところに有った、しばしそこに座り込んで登り疲れて弾んだ息を静める。小さな池は三個有り、その一つでアンナプルナの投影をしばし撮る。その日の夕焼けは、悪魔がいるのか夕焼けが始まる直前にガスで展望はなくなった。

 翌日も天気は不安定、ダウラギリの朝焼けは撮れたものの午後にはすっかりガスに覆われてしまった。ふてくされてテントで横になりしばし寝る。夕方、夕焼けが始まる頃に偶然?目覚めカメラを担いで予定の場所に出かける。この峠だけがガスが掛かり、すごい勢いで流れている。時間を気にしながらレリーズを握っていた。夕焼けが始まり流れ続けるガス、ガスの晴れるのをイライラしながら待ってシャッターを切る。レンズ交換もガスの湿気をよけながらの撮影だった。

 その日の夜半から雪が降り出す。早朝までにかなり雪が積もり、帰りの岩稜のトラバースが気になる。4時頃から撤収を開始、雪は止む様子は無く、ヘッドランプを頼りに5時半頃下山を始める。岩稜のトラバースも雪によるスリップに注意しながら慎重に下る。途中からは雨に変わりカルカ辺りで全身濡れていた。急坂を下り登り返してデウラリで昼食、天気も回復してくる。カロパニで一息つき、フレンチ・パスに向けてマルハに向かう。マルハで休息した後、アルバリ、ヤク・カルカをへて、カロパニ(二泊)、此処では積もった雪を除雪してテントを設営する。目の前のトゥクチェ・ピークを眺めながら過ごす。その後ダンプスBCを経由してヒドン・バレーのテント場に到着する。直ぐ目の前に十年前に登頂したダンプス・ピーク(6012m)、同じく八年に登頂した未踏峰のタシカンⅠ峰(6386m)が望める。懐かしい。此処からフレンチ・パスまで約二時間かかる。翌日カメラ機材をスタッフに背負って貰い出かける。なだらかなヒドン・バレーを西に進み、トゥクチェ・ピークをトラバース気味に回り込むように雪の斜面を登る。峠に出ると目の前にダウラギリの勇姿が飛び込んでくる。風も強くてとても寒い。約40分夢中でシャッターを切る。六年間の望みが叶った充実感を胸に峠を後にする。寒いこともあって三連泊予定を切り上げて翌日下山することにする。ダンプス峠への登り返しは、時ならぬ強風で飛ばされそうになる。下山宿泊予定地をドンドン通過してアルバリまで下る。5100mから3700mまで下ったことで空気も濃くなって暖かい。

 高度順応も順調だったこと、宿泊予定地をとばして歩けた事などで、トレッキングの予定を五日も早めに終わり、マルハで三泊、ジョムソンで二泊、さらにカトマンズでは四泊する。そのカトマンズでは朝寝、朝風呂、朝酒、テレビ映画、当然夕方も同じのダラダラ生活をする。お土産を買ってバンコク経由で成田に帰り着く。一度も体調を崩すことなく帰り着くが、体重は約4㎏しっかりと減っていた。
ダウラギリⅠ峰 フレンチ・パスにて

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