考えが甘かったです 浅松山は藪山と化していました

山行実施日;201.11.13
参加メンバー;Ki.K、Mi.M、Ma.S、To.S、hama、Ka.S

11月13日歩く
「浅松山登山道は広く、歩きやすく整備されており、静かな山、から松林も美しい」と、私がかねがね参考にしている、(関越道の山)というガイドブックにあったので、「歩行4時間Aランク」、今回のハイキングにぴったりと思って計画しました。
登山口の中野ビレッジの裏の林道から登り始める。登り口と途中のステンレス板に一周コースの案内図があった。林道を一時間ほど歩くと「登山口」と書かれた木のプレートが木に打ちつけられていたので、更に進むとまもなく沢沿いの登山道入り口に出る。ここにもステンの案内板あって、草に半分かくれていた。

沢沿いの道は荒れていたが、台風の影響であろうと進む。途中新しい林道を横切ったりしながら沢筋をつめる。沢のつめから稜線に向かっていくが踏みあとはだんだんなくなってくるが、木々に相当古いペンキのマークがついていたのでそれらを頼って進む。しかし登るにつれて踏みあとは藪となって笹を掻き分けての登りとなる。途中トラロープや朽ちた丸太の階段があった。

稜線に出れば写真にもあったように広い登山道やトイレも残っているだろう思って、期待したが稜線も藪におおわれ、相当古いお休みどころと書いてあるおおきな木の看板とステンの案内版だけがあった。
稜線から山頂への道も藪に覆われていたが、ここは古いペンキのマークがやたらとあった。浅松山の山頂までは急登もなく稜線から南に三十分程でついた。頂上にはガイドブックに載っていたとおりの、大きな標識が立っていたがだいぶ古くなっており、から松が大きくなりすぎて、ガイドブックにのっていた写真のように明るい展望はなかったが木々の間に白根方面も望めた。

昼食を食べて下山に取り掛かるが、下山道も笹に覆われていた。尾根に沿って踏み後やペンキを頼りに十分もくだると下山道の林道にでる。途中林道の端に東屋があった。
一時間くらい稜線に沿ってつけられている林道を下ると、半分朽ちた木の小さなプレートが道の端にあった。
歩いた時間、道の曲がり具合、高度などから、下山のための踏み跡と思ってペンキのしるしをたよりに進む。トラバース気味に少し歩くがなかなか下りにはいらない。消えかかったペンキはうえに伸びている。高度で50メートル、30分位歩くと尾根にでる。

Sさんがここは見たことがあるという。周辺を探すと例のステンのプレートがあって沢から登って尾根に上り詰めた地点をさしていた。2万五千の地図で確かめると林道と平行に尾根に沿ってトラバース道がついていた。

いま登った道を下るよりも、わかっているルートのほうが、時間はかかるが確実なので、山頂から林道を下って下山することにみんなで決める。

振り出しに戻ってもう一度山頂を踏み林道に出る。林道には幸い真新しい軽トラのわだちがあったので安心する。間違ったところを過ぎ15分ぐらい歩くと、今までの標識にはない、きれいな下山道と書かれたプレートがあった。見える範囲ではふみ後も付いていたが、16時近くになっていたし、安全を第一に林道を下る。

林道は傾斜も緩く、展望や所々の紅葉もまずまずだった。17時過ぎて暗くなってきたので、ヘッドランフをつける。程なく集落の灯かりが見えてきたのでほっとした。

17時半に川場村太郎に着き、タクシーを呼んで車のある中野ビレッジに向かう。帰りの関越道で渋滞にはまり北上尾に着いたのは20時半ごろになってしまった。

今回の山行の反省点

①ガイドブックや写真を見て、標識や登山道もはっきりして、安全で登りやすいと、勝手に思いこんでいたこと。ガイドブックは1998年に発行とあった。地図だけでなく、ガイドブックなども何時書かれたかも大事で、またガイドブックの情報もすべてではない。

②登山道はしっかり作っても後の手入れがなかったら、瞬く間に藪になってしまう。

③自然も台風や大水、人の手(林道)などによってかわること。

④思い込みがあったので、事前の下調べがおろそかになったこと。下山して次の日に所在地の川場村に問い合わせしてみると、浅松山は国の管轄で川場村では、解からないとの事だった。

⑤里山は地形も複雑だったり、仕事道や林道も入ったりで、道迷いをしやすく、地図読みや経験など大切で、勉強が足りないと思いました。

⑥下山道の一部は林道になっていて、川場村の太郎という集落につながっているのは解かっていたのでそれは良かった。2万5千の地形図はハイキングでも持って行った方がいいと思います。有名でない山に行く場合は、特にエスケープルートも考えておくほうが良いとここ何回かの山行で思いました。

⑦メンバーの人達には安心、安全の山行を、不安にさせ、心配をかけさせて、申し訳なかったと思います。山行中の言葉のやり取り、確認も不十分で、配慮の足りないところは沢山あったと思いますが、誰もパニックにならず、無事に下山でき、家に帰れたのは何よりで、リーダーとしてほっとしました。  (Ki・K記)