空木岳 チームワークばっちり!

2019年5月3日~5日

3年前のこの時期、妙高に登った。ルートファインディングやK池さんのザック落下、急な雪面の登りがあり楽しかった。極めつけは、下山しても小屋のビールが売り切れでビールに有り付けず、S田とさんのがっくりした表情、今でもよく覚えている。その時一緒だったY城さんが声を掛けてくれて今回は空木に行った。

2日、川越市駅でTN号に乗り、圏央入間IC傍の駐車場で結城号と合流。TN号は駐車場に置き、Y城号1台で一行6人、駒ケ根の道の駅田切の里へ。仮眠前の交流をしていると、声が高いと注意を受けた。反省してすぐ寝た。だが、国道を通行する車が騒々しい。

3日、起床前、昨晩注意をしてくれたと思われる人の連れ犬の鳴き声が悩ましい。朝食、共同装備の分担、パッキングをして登山口へ移動。7:35、林道が尾根を越える1215m地点から歩き出す。間もなく林道終点の駐車場、そこからは前回評判の悪かったショートカットを避けて、緩やかな登山道を登る。新緑が青空に広がっている。池山を巻いていくと、池山避難小屋跡の表示がある。私の地形図では、そこに小屋の表示がある。現在の小屋はそこから少し先の開けたところに移っていて、清水が滾々と湧き出している。のどを潤し、休憩する。今日の日程は余裕だ。そこからさらに1時間程で、13:00、マセナギ到着。笹を均しテントを2つ張った。のんびりした後、少しロープの結び方などを交流し、食事とした。K池さんが鍋に得意の腕を振るった。

4日、夕食の残りにお餅が入った朝食を食べて、5:30テントを出発。もう明るい。樹林の間を行く。凍った雪が岩の間に出てきて、K池さんとTNさんが軽アイゼンを付けた。とたんに二人の歩き方が安定した。大地獄、小地獄と鎖や階段を越えて、迷い尾根まで来て、夏のトラバースルートに入る。雪のルンゼを何カ所か横断する。足場は安定しているが、滑ったら止まらない傾斜なので慎重に進んでいくと、登山道脇に緑色の小さいザックがあった。辺りに人はいない。大声で呼んでも、呼子の笛を吹いても反応はない。H川さんが中を調べると、使った形跡のあるレスキューシートが出てきた。で、放っても置けず、Y城さんが警察に状況を報告する。報告後まもなく警察から返信があり、救助された遭難者のものと判明、安心した。尾根に戻り、ヨナ沢の頭まで来ると展望が開け、南アルプスの連なりが見える。形から塩見はすぐわかる。ところが、塩見の北の北岳などと南の赤石などを逆にTNさんに説明した。恥ずかしい。あとで、結城さんの正しい同定があった。

アイゼンを付けてここからは雪の斜面を登る。駒石が大きくその先に大きな雪面を従えて頂上が見える。宝剣からの白い稜線も近ずく。ふと気が付くと、先頭のY城さんと2番手のS田とさんの間が開く。足に力が入らないという。荷を少しY城さんとK池さんに分け、アミノバイタルを飲む。危険はなく、天気の崩れもなさそう、ゆっくり頂上を目指す。S田とさんも復調、駒峰ヒュッテに到着。休憩後、13:30、すぐ先の頂上を踏んだ。

2日目  下山の駒石

帰り、駒石当たりから頂上を振り返る。6人が下ったとレースがきれいに雪面に残っている。このあたりから、TNさんの雪の踏み抜きが目立った。誰でも踏み抜くけど、やはり数はT中さんが多かったみたい。膝を少し痛めたみたいで、荷物を分けた。ヨナ沢の頭からは、尾根上の冬道を使った。ところが、2282mのピークの先が厳しい。北東へ降りようとすると、2回本格的な懸垂を強いられそう。それで、1回、ロープを張ったが諦めて、南東への小尾根を懸垂1回で降りた。時間を大きくロスし、すでに18時を回った。ヘッデンを用意し、声を掛け合って、二つの地獄を通過。あとはひたすら山道をテントに急いだ。フクロウが夜まで動く酔狂な人間を笑うように、しきりにフッフッフッと鳴いた。21時、長い一日の行動が終わった。

5日、好天の中、のんびり下った。途中、泉州労山の遭難碑がある。行くときは、碑だけだったが、帰り、新しい花が添えられていた。昨年の北欧山旅の際大変お世話になったO西さんも来ていたのかもしれない。

期間中、困ったときは助け合え、楽しく声も掛け合い、チームワークばっちりの何とも気持ちの良い山だった。

3日目(5月5日)の下山口

空木岳(5/2~5) (L)Y城、(SL)K池、S田と、TN、O野

記:O野