黒斑山  山の思いは下山時に結晶する

2019年12月29日

年をとり、山がだんだん億劫になる。その背中を「一緒に行きましょう」と押してくれる仲間がいて山が続いている。

12月29日6時川越駅発、関越道鶴ヶ島付近で事故渋滞に遭うがその後は快適に走り、車坂峠に着いた。前々日の降雪で道路が滑りやすくなっていた。

9時出発、中コースに入る。はっきりした踏み跡が付けられているが、50cm位の積雪があり、針葉樹は北八ヶ岳風に白い綿帽子を被っている。寝不足を、車の中の眠りで取り戻せたためか体が軽く、けっこう早く登れる。高度を上げると、北アルプスの帯が連なり、鹿島槍の双耳峰がちょうど真ん中辺に見られた。何年か前、今日のメンバーを含むパーティで登った妙高も見える。森が葉を落とした広葉樹に変わり、霧氷が朝日に輝く。

【トーミの頭にて】

トーミの頭に10:30頃着。縦縞模様の浅間が正面に大きく現われる。前掛山への登山道が中腹を斜めに上がっている。空が青い。

登山者が急に増え、11時頃着いた黒斑山の頂上も人が多く、すぐに蛇骨岳に向けて出発。右は湯の平まで急な壁が落ちている。落ちれば一たまりもないが、道はしっかりしていて不安はない。相変わらず、浅間が大きい。蛇骨岳には11:30頃着。ここだけ冷たい風が強かった。

【蛇骨岳の頂上で記念写真】

少し戻って、日の当たるところで昼食。帰路は表コースを下った。GKさんがFBに書いていた「そんなにスポーツライクでなく、哲学的に歩こうよ」の言葉が、そして何かの本で読んだ「山の思いは下山時に結晶する」の文が何度も胸を過ったが、最後までスポーツライクに歩き、結果、山の思いは「結晶」せず「蒸発」した。で、最後はバテた。楽しい雪山ハイキングだった。

自宅に戻って、写真をSNSに投稿した。そしたら、埼玉労山登山学校創立の中心メンバーだったI芹さんから「懐かしいですね」の書き込みを頂いた。朧気だった私の記憶は間違っていなく、ノートを調べたら、1987年2月8日に黒斑に登った記録があった。T重、S藤あ、S藤さ、I芹、S本、O野というメンバーだった。30年以上が経過している。故人になってしまった人もいて、S藤あさんを除き、本当に懐かしい人たちになってしまった。

メンバー (L)Y城、K池、S田と、O野

記:O野