雨・雨・雨・・・でも いっぱい思い出ができた九州の山旅

山行実施日;2010.05.18-21
参加メンバー;Hi.O、Tu.S、To.F、hama、Lantana、Hi.M、Ti.S

池田湖のほとりから見上げた開聞岳、屋久島に行ったときフエリーのデッキからずっと見えていた開聞岳。海の中に悠然と立ち「薩摩富士」といわれる美しい山容にいつか登りたいと思い続けていた開聞岳。そのチャンスがようやく訪れ、私はワクワクする思いで出発を待った。
しかし、お天気がままならない。きっとあまりにも私の期待が大きすぎて開聞岳がびっくりして雲の中に隠れてしまったのかもしれない。
大幅な日程変更をして初日に「韓国岳」に登った。雨模様の中5人だけが登り他の2人は下で待つことにした。韓国岳は坂本竜馬とお龍が新婚旅行に登った山だそうだ。竜馬が襲われた時の傷がなかなか癒えず、西郷隆盛に霧島の温泉治療を進められその時に登った山であると聞いた。霧島には温泉がたくさんあり、二人は前途に夢を抱き「つかの間」の幸せな時間を過ごしたのであろう。
翌日も相変わらずの雨が続く。それでも登れる山を地図で探し、3日目にミヤマキリシマがたくさん咲いているという「中岳」に登ることになった。登山口からもう咲いている。振り返ると高千穂峰がすっきりとした稜線を描き、緑の中に溶岩が流れた赤茶けた肌が見える。Hamaさんは盛んに「こんどは高千穂峰に登りたい!」と言っている。小さな花びら、小さな葉っぱ、木も小さく1メートルくらい。色はピンク、赤、薄紫と可憐なミヤマキリシマが山いっぱい咲いている。なんと清楚な花だろう。小雨降る中だが花の美しさに心が弾む。みんなで「極楽の世界みたいね」と言って笑いあった。 今回の旅はさらにすごいおまけがついた。To.Fさんのお姉さんのお家が鹿児島市内にあり、To.Fさんのご好意に甘えみんなでお邪魔しご馳走をたくさん頂いた。鹿児島名物の数々、お姉さんは前日から準備したそうである。美味しくて遠慮なくドンドン頂いた。どんなご馳走だったかは参加者からゆっくりと聞いてください。紙面で紹介するより言葉で聞いたほうが詳しくわかります。
開聞岳は登れなかったけど二つの山に登れ、手作りの鹿児島名物を頂き、桜島に渡ったり、知覧の特攻記念館、武家屋敷などの見学、Hi.MさんやTi.Sさんとの再会と盛りだくさんの山旅ができ、思い出いっぱいの楽しい山行になりました。 開聞岳は今度そっと登ることにします。皆さんお世話になりました。(Hi.O記)

  あこがれの九州は 雨だった

 今年の一月頃だったか、私の定年退職を祝って霧島開聞へ登ろうという計画をたて、数名の方が参加を希望して下さった。五月の連休後という日程を決め、Lantanaさんにチケット、ホテル等手配して頂き、心うきうき羽田を飛び立つ。
1時間20分のフライトで鹿児島着。Ti.Sさん、Hi.Mさんと合流し旧好を温める。しかし予想通りの雨。皆で今後の予定を話し合い、かなりの変更を決めた。予定では18日は鹿児島市知覧の特攻平和記念館 指宿泊であったが、明日以降も雨続き。急遽20日に予定していた韓国岳に登ろうということになり、えびの高原へ向かう。私は装備を前もって指宿のホテルへ送ってしまい、下でTi.Sさんと待機する事にしたが、五人が雨と強風の中出発して行った。「無事下山してくれれば」と本当に心配しながら待つ。それ位の天気である。下山予定時刻に駐車場へ向かうとhamaさんが途中で引き返し、一足早く降りてきていた。かなり大変だった様だ。山頂まで行った四人も程なく姿が見え、ほっとする。ミヤマキリシマがきれいだったそうだ。ガスで何も見えなかったが、まず一本登れて良かった。その後、九州自動車道をひた走り、指宿のホテルへ向かったがいやぁ遠い。20時近かったか到着。大変な初日であった。
翌日はさらに雨の予想で開聞は先送り、観光の一日とし、まずは名物砂蒸し風呂へ。初めてだったが本当に熱い。それに重い。全身の毛穴が開いた感じ。汗が吹き出して来た。10分くらいで脱出。気持ちよかった!。そして道の駅で買い物後、知覧で昼食。また九州道で霧島のホテルへ。夕食後、明日の行動を皆で話し合い韓国岳、中岳に分かれて登る事になり、私とTi.Sさんで韓国岳へ。
天気はまずまずでガレた階段登りから始まり、ミヤマキリシマのトンネルを抜けると展望が開け、対面の山、池が見渡せ、霧島の雄大さを感じる。山頂は雨になってしまい、早々に下山。やっと山を登れた嬉しさにひたれた。
またまた九州道を鹿児島へ。宮崎~鹿児島を行ったり来たり大変な移動であった。桜島PAで別動隊と合流。To.Fさんのお姉さんの家へ寄らせていただき、郷土料理をたらふくご馳走になり、最後の宿泊地、鹿児島へ。夜は天文館へ繰り出し打ち上げの宴。
翌日は桜島観光、南九州のドライブ、買い物で全日程終了。いやぁ疲れた。雨にたたられ、ハプニングに驚き、本当に心に残る山行きであった。開聞岳は心残り。次回の機会には是非登りたい。(Tu.S記)

  あこがれの平日山行 天気に恵まれず

今回、観光を含め三泊四日間というロングランの計画でしたが、天気には恵まれない厳しい日々でした。
小雨がシトシト降る中での韓国岳への登山。霧に包まれ、見通しは悪いのですが、山頂まで、1時間20分なので、行けるところまで行ってみようということになった。登山道は石ころだらけで大変歩きにくいが、四合目までは色鮮やかな赤紫のミヤマキリシマツツジが僕たちを迎えてくれました。皆大喜びで記念写真に収めたり、とても和やかな雰囲気になりました。五合目まで登ると、高い木はすっかりなくなり、強風雨、霧が深く視界ゼロ。そこで、登山を続行するか、協議。せっかくここまで登ったことだし、後、少しで山頂にたどり着くということで、山頂をめざすことになった。ガイドブックには、韓国岳山頂は展望良好で霧島山群を見渡すことができると書いてあったが、誠に残念。まったく視界ゼロ。強風雨の中、四つん這い状態で山頂に立つ。「韓国岳」の標識を前にして、証拠写真。
良い天気の時、再度、展望を楽しみたい。(To.F記)

今年の4月から、自由人になって、憧れの平日山行。半年前から計画し、この日をどんなにか心待ちしていたことか。それなのに、天の神様は実に意地悪。目を皿のようにして、テレビの天気予報をじっと見つめ、予報が当たりませんように、と、祈っていたのに。(天気予報なんて、いつも当たらないくせして、)まったくこんな大事な日程の時、ずばり予報が当たってしまった。東京を飛び立った時は晴れていたので、もしや?と、期待したが、鹿児島空港に着くと、シトシト細かい雨が。視界も悪い。予報では今日より明日のほうがもっと悪い。皆の胸の内を思うと、こんな時、リーダーは実に気の毒だ。こんな時は精いっぱいリーダーに迷惑をかけないようにしたいと、心からそうおもった。
今回の計画の中で、一番印象に残ったのは、知覧の特攻平和会館と復元された三角兵舎だ。数多くの遺書、遺品にふれ、熱い物がこみ上げてきたと同時に、この若人たちの命を奪った腹立たしさが。と、同時に、40年間勤めた職場、教職員組合のスローガン『教え子を再び戦場に送らない』を思い出した。教職の座を去ったこれからも二度とこの道を歩まないように憲法九条を守る運動を頑張りたいと決意する。 (hama記)

   アメニモマケズ・カゼニモマケズ

       ミヤマキリシマが迎えてくれた

今回リーダーは私、サブはhamaさん。飛行機の手配や宿の手配は手間をかけるだけで済むが、天気だけはどうしようもない。出かける一週間も前から天気予報とにらめっこするが、さっぱり好転する気配はない。毎日雨の九州旅行になりそうで、戦々恐々として飛行機に乗り込む。
意外なことに鹿児島空港に着いたら雨は降っていなかった。このチャンスをどう生かすか?もともと山に登ってナンボの人たちの集まり。一度も山に登らず帰ったならば憤懣やる方がないのは明らか。はるばる福岡から合流してくれたHi.Mさんもいる。ここは登れるうちに登ろうと韓国岳の登山を提案する。ここで問題発生。計画書に初日は観光となっていたからと荷物を宿に宅配便で送ってしまったTu.Sさん、登山靴もカッパもない、当然登れない。みんなで山頂を踏めないなら止めようという意見、いや登りたい、スニーカーでも登れる山だ、ホームセンターで購入したらどうだ、などといろいろな意見が飛び交う。結局そこまでして登りたくないという本人の意向でTu.Sさんは下界で待機、Ti.Sさんもそれに付き合う。残ったF夫妻、Hi.M、Hi.O、Lantanaの5人で出発。雨はまだ弱くミヤマキリシマが咲き乱れて登山道を覆い花のトンネルになって美しい。五合目あたりで風も強まり、hamaさんは下山を選択。4人は登頂目指す。山頂は視界ゼロに風強く正面から雨粒が顔に叩きつけてくるがそこは山人間、登ったという満足感でいっぱい。これで一つは稼いだから、最悪これ以降登れなくても多少は納得してもらえるかなとひそかにリーダーは思う。
予想通り2日目は強い雨で台風のよう。砂蒸し温泉に入ったり知覧を観光したりの一日。気になるのは明日の天気。 翌日はまた雨模様のため開門岳はあきらめ行き先を変えて登ることにする。Tu.S・Ti.Sは韓国岳へ、他は中岳へ。天気は少しずつ落ち着き展望もきき、一面のミヤマキリシマはため息が出るほど美しい。
登山道の大半は高千穂峰を眺めながら登るがこれがツンと上を向いてカッコよく、登行欲を刺激する。「次はあれに登りたい!」と騒ぐhamaさん。私は山の中に体をおけるだけで幸せと痛む腰をさすりながら思う。
雨にも負けず二山登って帰りました。皆さんが働いている平日を4日も使って、しかも第二例会をさぼって山に行ったから恨まれたんだなどと憶測しきり、毎日口だけは減らない賑やかで思い出いっぱいの楽しい山行でした。来年また開門岳にトライしましょう。(Lantana記)