昔懐かしき穂高で4日間の旅 前穂・北尾根

山行実施日;2014年9月6日~9日
参加メンバー;To.S、G

9月6日(土)から4日間穂高に行ってきました。今回のパートナーは3年前フランスのオリビエールで一緒にクライミングしたT田さん。

 実は金曜夜発の夜行バスを予約したつもりが、なにかの手違いで朝発になっていて大慌て、変更も効かずやむなく土曜の朝出発となった。

天気予報も目まぐるしく変わり、先週同様振り回されたが、ギリギリ粘って決行することになった。

予定では初日涸沢ヒュッテまでだったが、バスが渋滞に嵌って、ただでさえ厳しい行程なのに追い打ちをくらって、徳沢泊となる。

ところが、拾う神あり、予約なしでは泊まれない徳沢園、キャンセルがあったのか、相部屋が空いていてタイマイ払って1泊です。良い良いとは聞いていたが、レトロチックな雰囲気で、良いお宿です。リピーターも多いようで、その夕食がまた豪華で美味しい、山小屋と言うより奥上高地のホテル、すっかり癒しの世界です。

相部屋とは言いながら私達のエリアは仕切られていて殆ど個室、お風呂に浸かってさっぱりし、21時の消灯と共に就寝ZZZZ・・・・。

2日目の朝、夜半からの雨で濡れた道を涸沢までのアプローチ。予定では東稜の偵察であわよくば登りたいが、時間が足りなさそう。新村橋を左に見て横尾、お腹がすいてお弁当を開く、徳沢園のお弁当美味しい。

30分ほど休憩して本谷橋に向かう、雲が切れてきて左手に巨大な壁屏風岩が覗く、北尾根から延びる末端に切れ落ちる岸壁に圧倒された。

79歳に負けじと下山を急いだが、今日中に上高地に降りる事は無理のようで、諦めてゆっくり歩くことにした。 穂高岳山荘前の2段の鉄の梯子を下って15時頃に到着、後はザイテングラードをひたすら下るだけだ。洒落た名前、ドイツ語で側稜と云う位の意味だそうだが、インテリな山屋が付けたのだろうか?ただこの降りは長い、膝に不安のあるT田さんにはキツイ下りだった。

18時前にやっと涸沢ヒュッテに到着、ギリギリ夕食に間に合った。また1泊して万札が飛んだ、次に来る時は絶対にテント泊だ。

4日目の朝、今日も良い天気で、すでにテラスには一目モルゲンロードを見ようと宿泊客が集まっている。

5時半には涸沢カールに別れを告げて上高地に向かう。昨日残ったお酒を飲みほして爆睡したので快適。横尾から徳沢そしてあっという間に上高地に着き帰りのチケットを購入して、レストランで4日間の頑張りに乾杯!

小屋泊まりで散財したけれど、たまにはこんな山行もいいか、ご同行してくれたT田さんに感謝です。
ありがとうございました。(To.S記)

平日の為か登山者も疎ら、記念の写真を撮ってもらい360度のパノラマを満喫する。

30分ほど休憩して、吊尾根からの下山開始。紀美子平までの途中からバリエーションで横切ろうとしたら悪場に出てしまい、結局正規の吊尾根に戻る事になった。奥穂まで2つのピークを越え2時間ほどかかって到着。

西穂高からの稜線が一瞬雲の切れ間から垣間見えた。天気予報がよければ同じ時期にK坂パーティーが予定していた稜線が目の前に現れた。

 奥穂の山頂は人も疎ら、すでに下から雲がわいていて展望はない。記念の写真を撮ってあげた人はなんでも79歳だとか、しかも家族に反対されながらも西穂からジャンダルムを超えてやって来たとか、いやはやびっくり、私にはその年で穂高を登る姿は想像できません。

ジャンを背景に写真を1枚とって先を急ごうとしたら、可愛いお客様と遭遇、動きが早くカメラに捕らえきれなかったがオコジョが岩の間を走りぬけた。初めてお会いした、本当に可愛かったな~。

それともう1家族、下りの稜線で雷鳥の親子に出会いました。これ又、生の雷鳥は初めてで感動してシャッターを押した。

涸沢ヒュッテに戻り、名物のおでんとビールで1日の疲れを取る、全く山屋には許されない贅沢三昧の山行、道理で大枚が飛んでゆくわけだ。

夕食の後軽く夜酒を頂いて明日の前穂・北尾根の為早めに就寝zzzz・・・。

3日目の朝、爽やかな風が涸沢を吹き抜ける。闇夜の中を4時半に出発、下見をしなかったので大石の合間を行く事になって20分くらいロスしたか?雪渓ではアプローチシューズが滑って歯が立たず、その内草付きの正規のルートに戻った。

こちらは快適でどんどん高度を上げあっという間に5・6のコルに到着、しかも上にも下にもクライマーの姿がない、静かな5峰を前にして気持ちを入れ替えた。

「OO虎の王」や「トリカブト」のお花畑の道を1時間半ほどアルバイト、鎖場の前で右にトラバースして東稜から派生した支稜目指して進むが、何とも足場が悪いガラ場、その内急登になって足も取られるようになり、時間も迫って14時15分撤退を決める。

まあ、取りあえず取付きのコルを確認したのでよしとしよう、意外に東稜・「ゴジラの背」はこのアプローチが核心かもしれない、帰路はお互いに転がるようにして北穂沢を下った。

やがて本谷橋、本格的な登りの前にここで1本入れる、下山して来る多くの登山者も休んでいる、すっかり晴れてきて心が躍る。

歩きやすい登山道、10数年前には股関節痛で足を引きずって登った記憶がよみがえった。やがて緑に囲まれたオアシステラスから吹き流しが見えて、今宵の宿涸沢ヒュッテに到着。

宿泊の手続きをしてしばし休憩、日曜日で空いていて8人用の相部屋も4人で寝られる。だがしかしここも1泊夕食付8500円なり。大枚が気持ちよく?飛んでゆく。

1時間ほどマッタリして東稜のアプローチ・南稜の道を行く、膝に爆弾を抱えるT田さんのペースに合わせてゆっくり登る。

「OO虎の王」や「トリカブト」のお花畑の道を1時間半ほどアルバイト、鎖場の前で右にトラバースして東稜から派生した支稜目指して進むが、何とも足場が悪いガラ場、その内急登になって足も取られるようになり、時間も迫って14時15分撤退を決める。

まあ、取りあえず取付きのコルを確認したのでよしとしよう、意外に東稜・「ゴジラの背」はこのアプローチが核心かもしれない、帰路はお互いに転がるようにして北穂沢を下った。

涸沢ヒュッテに戻り、名物のおでんとビールで1日の疲れを取る、全く山屋には許されない贅沢三昧の山行、道理で大枚が飛んでゆくわけだ。

夕食の後軽く夜酒を頂いて明日の前穂・北尾根の為早めに就寝zzzz・・・。

3日目の朝、爽やかな風が涸沢を吹き抜ける。闇夜の中を4時半に出発、下見をしなかったので大石の合間を行く事になって20分くらいロスしたか?雪渓ではアプローチシューズが滑って歯が立たず、その内草付きの正規のルートに戻った。

こちらは快適でどんどん高度を上げあっという間に5・6のコルに到着、しかも上にも下にもクライマーの姿がない、静かな5峰を前にして気持ちを入れ替えた。

一見ナイフリッジに見える5峰は普通の岩稜帯、アプローチシューズで登る事にした、「ここでロープを出すようでは・・・」とガイドブックにあった。しかし意外に下りが厭らしかったかな?続いて4峰。北尾根では一番大きいピークだ、ここもロープは出さずに登ったが、流石に涸沢側は切れ落ちていて、足を滑らせるとあの世行きだ~、慎重に登って4峰の頂上に立った。

3峰の登り、気合いを入れ直して登攀の準備、ハーネスを装着、フラットソールに履き替え、ロープを捌いて核心の1ピッチ目をリード、奥又白側の凹角を登る。

手がかりもしっかりあって快適、腐ったハーケンが乱打されているが適当な所でプロテクションを取る、正規の1ピッチ目より下の岩で支点を取りT田さんを確保、短い分だけロープの流れも良く直ぐに上がってきた。「つるべ」で登り次の2ピッチ目はT田さんがリード、ショートピッチで難なく登り、3ピッチ目チムニーの下を潜って緩傾斜を行きここでも岩角で支点を取って確保する。

快適、快適、本当に貸切りの岩場、思い通りのラインで登れてしあわせ、しあわせ。最後の4ピッチ目は順番でT田さんのリード、出だしが厭らしく、終了点直下が薄かぶりだが難なく越えて3峰の頂点に立った。美味しいところをT田さんに持って行かれた。

2峰のリッジを詰めるともう前穂の頂上に人が見える、クライムダウンも出来そうだが、ロープを出して懸垂下降、奥又白側が切れ落ちている。ロープをしまって涸沢側から登って前穂の頂上に立った。登攀終了。2度目の北尾根だったが快適なクライミングで、T田さんと固い握手。

平日の為か登山者も疎ら、記念の写真を撮ってもらい360度のパノラマを満喫する。

30分ほど休憩して、吊尾根からの下山開始。紀美子平までの途中からバリエーションで横切ろうとしたら悪場に出てしまい、結局正規の吊尾根に戻る事になった。奥穂まで2つのピークを越え2時間ほどかかって到着。

西穂高からの稜線が一瞬雲の切れ間から垣間見えた。天気予報がよければ同じ時期にK坂パーティーが予定していた稜線が目の前に現れた。

奥穂の山頂は人も疎ら、すでに下から雲がわいていて展望はない。記念の写真を撮ってあげた人はなんでも79歳だとか、しかも家族に反対されながらも西穂からジャンダルムを超えてやって来たとか、いやはやびっくり、私にはその年で穂高を登る姿は想像できません。

ジャンを背景に写真を1枚とって先を急ごうとしたら、可愛いお客様と遭遇、動きが早くカメラに捕らえきれなかったがオコジョが岩の間を走りぬけた。初めてお会いした、本当に可愛かったな~。

それともう1家族、下りの稜線で雷鳥の親子に出会いました。これ又、生の雷鳥は初めてで感動してシャッターを押した。

79歳に負けじと下山を急いだが、今日中に上高地に降りる事は無理のようで、諦めてゆっくり歩くことにした。 穂高岳山荘前の2段の鉄の梯子を下って15時頃に到着、後はザイテングラードをひたすら下るだけだ。洒落た名前、ドイツ語で側稜と云う位の意味だそうだが、インテリな山屋が付けたのだろうか?ただこの降りは長い、膝に不安のあるT田さんにはキツイ下りだった。

18時前にやっと涸沢ヒュッテに到着、ギリギリ夕食に間に合った。また1泊して万札が飛んだ、次に来る時は絶対にテント泊だ。

4日目の朝、今日も良い天気で、すでにテラスには一目モルゲンロードを見ようと宿泊客が集まっている。

5時半には涸沢カールに別れを告げて上高地に向かう。昨日残ったお酒を飲みほして爆睡したので快適。横尾から徳沢そしてあっという間に上高 地に着き帰りのチケットを購入して、レストランで4日間の頑張りに乾杯!

小屋泊まりで散財したけれど、たまにはこんな山行もいいか、ご同行してくれたT田さんに感謝です。
ありがとうございました。(To.S記)