2019年8月24~26日
ジャンダルムとは、フランス語で国家憲兵の事を言うそうだ。うん。確かにあのがっしりとした怒り肩の姿は泣く子も黙る憲兵だ。私の前にがっしりと立ちはだかる全身鉄の鎧を身に纏った『鉄人』そのもの!『鉄人28号』みたい(あ、古い!)。
(穂高小屋からのジャンダルム)
4:05西穂山荘をヘッデンで出発。暗い中、黙々と足を出す。時々前後にヘッデンの灯りが見え隠れする。一般道とは言え起き抜けの体にはきつい。息があがる。暗闇の中、丸山に到着するも山頂スルー。独標を目指す。ヘッデンの暗い視野の中、何かが目の前をかすめる。 虫? 雨?ン? 何? 段々目の前を横切るそれが多くなっていく。ンン? あ、雨だ! でも、今日は降らないと山荘の気象予報士オーナーが言っていた。大丈夫大丈夫、根拠はある。
少しずつ明るくなり、独標到着。写真も撮らずにスルー。珍しく3人共無言で進む。『行けるかなぁ』『大丈夫かなぁ』『膝は完治してないな』私の小さな胸(?)は潰れそう。去年は、何も考えずに突っ走った。再チャレンジの今年は不安しかない。様子が解っているから尚更不安になる。帰るなら西穂だ。天狗沢は去年降りた。エスケープルートにはならない。西穂を過ぎたら進むだけだ。行っても行っても先の見えないあの岩稜帯に心が折れそう。
(これから行く岩稜帯)
ジャンダルムは顔を見せてくれないし。今日は風が強いとも言っていた。耳元でヒューヒュー風が泣いてる…。あー、どんどんマイナス思考になっちゃう。
(遠くに槍ヶ岳)
そう言えばご来光逃した。
風が強いので、西穂のピーク手前で休憩。そして装備を身につける。『イザ出陣!』
(西穂・ピラミッドピークを振り返る)
ここから奥穂までの標高差は地図上ではたった200m。でも累積標高差は何百mになるんだろう。西穂を降りる。もう引き返せない。
(西穂の下り)
次の赤石岳への鞍部に垂直に降りた後トラバース。右手下は草滑り。そこに電話している女性2人がいた。どうやら山小屋のキャンセルをしているらしい。ただ、何気に聞こえてきた言葉が『滑落した』『ヘリを呼んだ』え? あれ、下の方に人がいるような? しばらく行くと後ろの方から男声で「大丈夫ですかぁ? 今ヘリを呼びましたからねー」後で聞くところによると、ハイマツを踏み抜いて滑落したらしい。それからかなりたってから(1時間くらいに感じられた)ヘリが来た。こんな事故を目の当たりにすると余計に恐くなる。
(中央部にヘリ)
(間ノ岳手前)
小さく『間ノ岳』と書かれたピークを越えると出ました悪名高き『天狗岩の逆層スラブ』。『岩』じゃないよ『岳』だよ!でも行くしかない。いつの間にか私の不安虫はどこかに飛んでいってた。大丈夫。去年より快調。あの悔しい想いはもう2度としたくない。
(間ノ岳のコルに降りる)
間ノ岳を約60〜70m下って、いよいよ逆層スラブに取り付く。
(天狗岩の逆層スラブ)
鎖があるのでそれを頼りにフリクションを効かせて登る。ホッ! 天狗の頭に出た。
ここから遥か下〜の方に鞍部が見える。天狗のコルだ。また70m下るの?
「上からは見えないけどここに足場あるぞ」「腕を伸ばせばここにガバがある」「これは浮いてるからこっちに足置け」H竜さんの指示に従い1歩1歩確実に降りる。その指示を後ろのH川さんに伝える。垂直に見える鎖を降りて天狗のコル到着。
(垂直に見える鎖場)
ここは2段になっている。去年はここまで。私にはここから先は未知の世界だ。去年より20分早い到着だ。さあ、行くよ!と前を見るがアップダウンの岩稜のピークがいくつも見えるだけ。
(無名峰がたくさん)
こんな至近距離にアップダウンがたくさんあったらいくら地図読みを勉強しても読み解けないよ! まだジャンダルム見えないの? すれ違った人曰く『あのピークの向こうの向こう…』。ギャフン!
鎖でルンゼを登り、ガレ場をザラザラ行ってピークに出た。今日いくつ目のピークだろう。あとどれくらいピークを行くんだろう。前を見る。と「あーーー!!なにーーー!!あれ、ジャンダルムじゃない!」目の前、至近距離にあの憲兵の頭がヌーっとあった。わわわ、すぐそこ。走るか?
(ヌーっと現れたジャンダルムのデカい顔)
が、流石がに憲兵。その至近距離も簡単ではなかった。20m降り、その下のクラックを超えてやっと鞍部に着いた。
ここに荷物をデポ。憲兵! 行くぞっ! 勿論今までと同じ岩岩。だがルンルンルン。…。そしてそしてー。やったー! 到着ー! バンザーイ! 天使くーん、君に会いたかったよー!
(ジャンダルム山頂・1番左が天使君)
ウルウルと泣く予定だったのに、この先のロバの耳とウマノセの難所を思うと涙も出ない。感動に浸る間も無く天使君とお別れ。鞍部に戻りデポしたリュックを背負って出発。なんかさっきよりリュックが重いんだけど。気のせい?誰か入ってない?
ロバの耳はルンゼの下降。しかもハングっていて足元は見えない。H竜さん、何の迷いも無くロープを出す。「ロアダウンで一番下まで行け」えー! 一番下って言われても…。右側真下は奈落の底だよー。恐る恐る降りる。一番下ってどこまで? お尻が岩に当たり転ぶ。下を見る。あ、左側はあと50cmだ。上を見ても2人は見えない。叫ぶ。「あと50cm」「OK」「OKビレー解除」「ビレー解除」フー。ほっとする間もなく「TN、落石あるから離れてろ」
(懸垂するH川さんのお尻)
次、H川さんとH竜さんが懸垂。
(ロバの耳上部にH竜さん)
あー、ひとつ目クリア。次はお馬さん。馬ノ背までもナイフリッジを通過したり、垂直壁をトラバースしたりと難所続きだ。
(馬の背までのガレ場)
更にちょっと道に迷いながらも馬ノ背到着。壁のような岩に“ウマノセ”と書いてある。
(写真中央に小さく『ウマノセ』の文字)
ガスっているので遥か奈落の底は見えない。
見えない方がいいかも。足がすくむ。 ナイフリッジだが、登りなので手掛かりはある。
立ってみた。歩けるかな。わー怖いー。途端「立つな。姿勢を低くしろ」3点支持でなく4点支持で進む。
(4点支持!)
岩角を右から左へ乗り越える。足が届かないので膝で乗る。見えない先のガバを手で探り当て体を引き上げる。上には手がかりが無いので右に移動し、2cmのクラックに靴先を引っ掛け踏み込む。その先足場が無いので、フリクションを効かせて手で登る。
(何でもありの馬の背)
H川さんがアルパインは何でも有りだよと弁護してくれる。ありがと。
少し幅が広がる。傾斜が緩む。前を行くH竜さん「先に行け」「???」「奥穂だよ」「ホントー?」「標識あるだろ」「もう騙されないもん」。ここまでの間、何度このピーク達に騙されてきた事か。この次はジャンダルムかな、違った。せめて次のピークからジャンダルムが見たい、でも見えない。じゃ次こそジャンダルム、また違った。何度これを繰り返した事か!奥穂も然り。もう騙されない。まだまだ着かないに決まってる。
ピークを見上げる。祠が見える。その横に『奥穂高岳』の消えかかった文字!「やったーー!ホントだ奥穂だ!縦走できたー!H竜っち、貞子ありがとう。2年越しのジャンダルム、バンザーイ!」ジャンダルムでは開かなかった涙腺が少し開いた。しかし、残念ながらガスが上がり奥穂からのジャンダルムは見えなかった。天使君恥ずかしい?
(奥穂高山頂)
あとは下山。ここで落ちたら話にならないと、鉄梯子2つ慎重に降りた。フー。
長い長い1日だった。緊張の糸をほどけない12時間半。一番必要だったのはチームワークと精神力かな。
山行のかなり前から「そんなんじゃジャンダルム行けねえ」と怒ったり、挫けそうになる私を「大丈夫。TNなら行ける」と何度も何度も根拠のない『大丈夫』を連発し、勇気を与えてくれたH竜さんにこの時だけは心の底から感謝した。ありがとう。
山行日
8月24日〜8月26日
メンバー
LH竜 SLH川 TN
コースとコースタイム
8/24西穂高口駅13:30−西穂山荘14:30(泊)H竜さんテント泊
8/25西穂高山荘4:00−西穂高岳6:45-間ノ岳8:20-天狗岩10:05-天狗のコル10:50−ジャンダルム(往復)13:00〜13:30-ロバの耳14:00-馬ノ背14:45-奥穂岳15:30〜15:45−穂高岳山荘16:30(泊)
H竜さんテント泊
8/26穂高岳山荘6:20−重太郎橋10:00〜10:30−白出沢出合11:50−穂高平避難小屋12:50−新穂高温泉P14:00
活動データ
全コース
活動距離 19.6km
高低差 2,090m
累積標高差 1,629m/2,669m (上り/下り )
1日目 西穂高口駅−西穂高山荘
活動距離 1.8km
高低差235m
累積標高差 283m/63m(上り/下り)
2日目 西穂高山荘−穂高岳山荘
活動距離 7.5km
高低差 814m
累積標高差 1,293m/670m(上り/下り)
3日目 穂高岳山荘−新穂高温泉P
活動距離 10.3km
高低差 1,919m
累積標高差 40m/1,941m(上り/下り)
3日目 ポイントの写真のみ
(山荘から奥穂)
(笠ヶ岳を見ながら白出沢を下山。急な枯沢で長かった)
(重太郎橋。遠景のうっすらとした中央のとんがりがジャンダルム。形が全く違う)