蒼穹のビクトリーロード 仙丈ケ岳地蔵尾根

2022年12月29日~31日

年始の暇に飽かせて、大宮労山に入って初めて山行記録を書いてみた。

今年三月に黒部スキー横断を計画中のため、ボッカ訓練を兼ねて、市野瀬柏木登山口からの松峰・地蔵尾根ルートで仙丈ケ岳登山を実施することにした。当初は前夜発一泊二日で仙丈冬季小屋泊を考えたが、夜まで仕事をしてから4時間余りの運転では、仮眠をとるとはいえ早朝発はさすがにしんどいので、出発時間をずらしてサブプランの2泊三日で実行することとした。

12月28日夜。23時前に高尾駅でMさんをピックアップ、中央道諏訪南ICを下りてR152で前夜泊予定地の道の駅「南アルプスむら」へ。到着は日を跨いだ1:30頃。現地には同好の士のテントが3張ほど。以前来た時にはなかった暖房付きのきれいなトイレが新設されていた。二泊三日ならそう焦る必要もないので、29日朝はのんびり7時過ぎに起床。当たり前だが昨夜あったテントは全て無くなっていた。

柏木登山口

市野瀬柏木登山口には9時頃到着。十数台停められる駐車場はすでにいっぱいだったが、なんとかスペースを確保。急坂への駐車だったので4輪全てに石を噛ませて輪止めをする。(下山後に確認したら、やはり動いていたようで輪止めが手では外れなくなっていた)

登山口には仮設だがきれいなトイレが設置され、洗浄水やペーパー類もきちんとメンテナンスされていた。伊那市の遭難対策協議会には深く感謝である。

ここで、雪山用スパッツを忘れたのに気付く。ちなみにベースレイヤーの上に着るインナーウエアも忘れた(>_<)。

登山口を9時半頃に出発。登山道はよく整備され歩き易い。40分程で「孝行猿の遺跡」に到着。

孝行猿の遺跡

「孝行猿物語」…長谷村(現伊那市)の民話

村に勘助という腕利きの猟師が住んでいました。

冬も近付いたある日、勘助は火縄銃を手に猟に出たが、その日は兔一匹捕れませんでした。諦めて帰ろうとしていた時、木の上に大きな猿が一匹居眠りをしているのが見えました。気が進まなかったが、手ぶらで帰るよりはよいと思い、一発でこれを仕留めました。後ろの山路で悲しげな猿の声が聞こえましたが、あまり気にも止めないで家路へと急ぎました。家に戻り、仕留めた猿の両手両足を縛って囲炉裏端に吊るすと、皮は翌朝剥ぎ取ることにして、夕食もそこそこにして寝てしまいました。

 夜中に物音に気付いて目を覚ますと、隣の部屋との隙間から囲炉裏の灯が漏れ見えます。

戸の隙間から覗くと、どこから入って来たのか、囲炉裏の周りに子猿が三匹いました。一匹が囲炉裏の火で手を炙っては、四つん這いになった二匹を踏み台に、吊るされた猿の傷口に手を当て、温めていました。勘助が撃ち殺した猿の子供たちが、親猿を何とか生き返らせようとして、囲炉裏と親猿の間をしきりに行き来して介抱していたのでした。

 「ああ!昨日帰りに鳴いた猿は、この子猿たちだったのか!」

どうにかして親猿を生き返らせたいと、夜中に一生懸命に手当している子猿たちを見ていると勘助は健気に思えてなりませんでした。

「私は、生計を立てようとして、何故こんな情けないことをしてしまったのか」

やがて、子猿たちは、夜明けとともに山へ去っていきました。

 親子の愛情に深く心を打たれた勘助は、親猿を背負って裏山に登り、大きな一本松の根元に葬って手厚く母猿の霊を慰め、また、祠を建ててせめてもの心尽くしとしました。

その後、勘助は、生き物を殺してきた過去の非を悔やんで猟師を廃業、頭を剃って一心不乱の念仏者になり、諸国行脚の旅に出たといいいます。

(「長谷村誌」などによる、一部改訂)

孝行猿の遺跡を過ぎ、さらに30分ほど歩くとちらほら雪が出始めた。融けた雪が再凍結してアイスバーンになっている。このあたりで、下山してきた学生らしい2人パーティとすれ違う。

「昨日登頂した、控えめに言って最高のコンディションだった」という笑顔が眩しい。

「トレースはばっちりつけておきました、頂上手前の吹き溜まり(2,700m付近)以外はワカンはいらないでしょう」とのこと。また、先行者が15人位いるとの情報。

それだけ人が通ったら、ルートは高速道路だろうなぁ・・・

1300mを超えたあたりから雪が繋がる。林道と登山道が何回か交差する緩やかな道を、順調に高度を上げる。

11時半頃、1800m手前付近、眺望が開けた林道で昼食にする。青空の下、伊那の街並みの向こうに中央アルプスの山々が見える。

松峰・地蔵尾根ルートは、この辺りから2,500mあたりまで、登っては降りるを繰り返しながら少しずつ高度を上げて、、、というのが続く。特に、2,000mから2,300mあたりまでは殆ど高度が上がらず、だらだらの横移動が長い。決して急登ではないのだが、厳冬期テン泊装備+2泊三日分の食糧・燃料がずっしりと重い。地蔵尾根がしんどいといわれる所以である。まあ、今回はそれが目的のボッカ訓練なのだが。

     松峰小屋

14:14 GPS高度2,047m、松峰小屋分岐に到着。

松峰小屋は、松峰を迂回した先の小さな鞍部から少し下りたところにある。

標識には約100mで小屋とあるが、登山道からの標高差は70m近く、けっこうな高度を降りる。等高線二本、1/25,000地図の10m単位の線では表現しきれない典型だと思う。

小屋を覗いてみる。隙間風が入り込む小さな小屋だが、20人くらいは泊まれそうである。14時半前だが、小屋では4人が寝袋に包まって寝ていた。

分岐を出発後、アップダウンを繰り返すが、なかなか高度が上がらない。地蔵岳の手前、標高2,200m辺りから、所々にテントが張られている。途中で、本日頂上を目指したが届かなかったので松峰小屋に戻るというパーティにすれ違った。15時を過ぎたので、我々もテン場を探すことにした。当初は2,400m辺りで張ろうかと考えていたが、思ったより高度が上がらないまま16時を回ってしまったので、地蔵岳を超えた2,329m付近に風が当たらない眺めの良いテン場を見つけ、テントを設置。2年ぶりに冬用外張りを張る。手慣れたメンバーかつ土嚢袋持参なので設置はあっという間である。ふと見ると、少し下に大型エスパースがあることに気付く(夜中、結構賑やかだったところをみると、今日登頂したようだ)。

テントに入って水づくりをしようとして、茶漉しを忘れたことに気付く。つくづく今回は忘れ物が多い。開き直って山のエキスをたっぷり摂ることにする。

夜のメニューは、ハンバーグとコーン・うずら卵入り麻婆春雨、ごはん、デザートにフルーツのシロップ漬け(荷が重いわけだ)。締めは甘いホットティー。

本日の日没は伊那市16:42だが、山ではもう少し暗くなるのが早い。19時前には就寝。

翌日30日は、この年末年始の中で一番風が穏やかで好天が期待できそうとの予報。

テン場2,329mでの朝5時の気温は-19度、風は殆ど無い。伊那市の日の出は6時47分。

もう一泊するなら夜が明けてからの行動開始でもいいだろう、ということで、ゆっくりお茶を飲んで7時半に出発。隣のエスパースは出発したらしくテントがなくなっていた。

先行者多数で完全に圧雪路のため、アイゼンは付けずツボ足で登ることにする。ただし、スパッツを忘れたため、アイゼン装着時に裾に引っかけて転倒しないように足の裾回りをロープで縛った。

標高2,500mあたりまでは、アップダウンを繰り返しながらの登り。今日は日帰り装備なので、昨日に比べ荷が凄まじく軽い。途中、所々にテントが張られていたり、テン場に良さそうなところがたくさんあった。2,600m付近までにすれ違ったのは3パーティ。柏木登山口からの日帰りをする猛者か、どこかでテントを張ってヘッデンスタートで登頂後、今日中に撤収して下山するのだろう。

2,550mを超えると、本格的な急登となる。

2,736mコルより山頂を望む

2,650mあたりから2,736のコルに上がるまでが核心で、急坂の吹き溜まりをトラバースしての登りとなる。トレースがなければラッセルにかなり時間を要するだろう。しかし、今回は先行者に踏み固められた高速道路が完成しており、まったく苦労せずに上がれた。

ワカンどころかアイゼンすら必要ではない。そのまま一気に稜線まで踏みあがる。

地蔵尾根は北西に伸びる稜線なので、西高東低の気圧配置で北に強烈な寒気が入るとけっこうな強風となるはずだが、2,850mまでは予報どおりそれほど風は強くなかった。

2,736mのコルより上は、風で雪が吹き飛ばされ、また、この数日の好天で雪が融けた様子で、ところどころ岩や地表が顔を出している。

雲一つない晴天だが、2,850mより上はさすがに風が強く、風に磨かれた斜面が氷化していた。気温マイナス20度前後、風速15~20mほど。風の強さを考えると、体感マイナス30度くらいといったところか。ストックを持つ風上側の手の指が冷たい。グローブはトリプルにしているのだが。懐のハクキンカイロミニをシェルグローブ内に移すことも考えた(それができるようにミニを二つ持ち歩いている)が、そこまで長時間の行動にはならないと判断。代わりにグローブの中で指を一生懸命動かして凍傷予防を図る。南側にある頂上から吹きおろしてくる(要するに向かい)風を斜面の裏で避けながら、頂上への最後の高度差100mだけアイゼンを装着。でも、ピッケルが要るような、風に飛ばされて滑落するような斜面ではない。蒼穹の空に輝く太陽に向かって、景色を愉しみながら頂上へのビクトリーロードを踏みしめる。

11時40分 概ね夏季標準タイムで3,032.9mの仙丈ケ岳山頂に到着。頂上に着いたとたん、それまでさんざん吹いていた風が、どういうわけか弱くなった。南アの女王は我々に微笑んでくれたようだ。

他のパーティは入れ違いで降りてしまっていたので、頂上を我々が独占。ここからの眺めは、日本1~5位の山を一望できるから素晴らしい。

ちなみに、1位の富士山(3,776m)、2位が北岳(3,193m)というのは皆知っていると思うけど、3位が穂高岳(3,190m)、同位で間ノ岳(3,190m、以前は4位だった)。5位が槍ヶ岳(3,180m)。近年測量地点を補正して測りなおした結果だそうだ。

仙丈ケ岳山頂より、富士山、北岳、間ノ岳。日本の標高ベスト3を望む

残念ながら、今回は北アルプス方面の山岳部だけ雲がかかっていて、槍・穂高は見えなかった。

雲に隠れた北アルプス

景色を堪能した後、12時頃下山開始。風を避けて2,800mあたりまで降りて昼食休憩。その後、のんびりBCまで戻る。帰着は14時半前。雪山の下山は早い。

水づくりをしながらゆっくり休憩をとる。16時頃、夕陽に映える伊那の街並みを眺めながら夕食。

Mさんは打ち上げと称して晩酌を始めた。日本酒の良い香りが鼻をくすぐる。今夜のメニューは串焼き鳥にカレー、豚汁。時間があるので米を炊いた。やはり、コメは炊き立てが美味い。食事の後はゆっくりティータイム。しかし、ほかにすることもないので18時過ぎには就寝。

明日は、とりあえず目が覚めたらテキトーに出発ということにする。

夜半、トイレに行きたくなって目が覚めると、Mさんが夜景の写真を撮ろうとごそごそやっていた。

時刻は午前1時を回ったあたり。気温はマイナス13度と昨日より暖かく、風もない。トイレに出てすっきりした後、Mさんと相談。コンディションが素晴らしく良い、十分寝たし、予備電池もある、朝まで待っていてはもったいない?ので、ヘッデン下山しようと決定。

ゆっくりお茶を飲んでから撤収作業を行い、朝食は取らず午前3時にアイゼン歩行で下山開始。ところどころで行動食休憩をとりながら、のんびり夜の雪道を踏む。不思議と重荷があまり気にならない。下りのせいか、食糧が減ったせいか、多分その両方なんだろう。雪にサクサクとアイゼンが刺さり、気持ちが良い。往路には気付かなかった伊那の街の夜景が時折樹林を通して見え隠れしている。かと思うと、街の灯りと思ったら星だったりする。月齢6.7,上弦の半月で空があまり明るくない。よく見ると満天の星空だった。

途中、Mさんがヘッドランプの電池を交換。自分のヘッデンの電池がどれくらい持続するのかを知っておくことは重要である。たまには夜の行動もして感覚を養っておくべきだと思う。

また、なんでもないただの平坦地で、突然Mさんのアイゼンのジョイントプレートが真っ二つに折れてしまった。30年使っているアイゼンとのこと。危険地帯でなくてよかった。プラ製品の劣化はある程度見てわかるが、金属疲労は見ただけではわからない。自分も注意しよう。

標高1,400mあたりまで降りたところで夜明けを迎えた。雪が切れたので12本歯を外したが、所々凍っている下りなのでチェーンスパイクを装着。しかし、100mも行かないうちにチェーンが切れてしまった。さすが〇maz〇nで2,000円の中華製品、素晴らしい品質だ。二度と買うのはやめよう。

夜明けに前後し、登ってくるパーティとすれ違う。単独行が3、グループも3。そのうちの一つは7~8名の大所帯、大学の山岳サークルとのこと。今日の目的地を訊ねると、2300~2400m辺りでのテン泊を考えているという。年末年始を雪山で過ごすらしい。大きな荷物を背負い、仲間内で語らいながら愉しそうにしている。こういうのを見ると、なぜか嬉しくなるのは歳のせいか。

「2,350より上にはいい場所がいっぱいあるから、テン場を焦らないで」と声をかけた。

やがて孝行猿の遺跡にたどり着いた。とりあえず一礼、下山の挨拶をする。

駐車場着は7時半前。気温マイナス5度が暖かく感じた。

仙丈ケ岳は、この時期、例年なら北沢峠からの登山者がぞろぞろ歩いているはずだが、現在戸台河原への道が崩落して車は仙流荘の少し先までしか入れないこと、また、今年は営業小屋もないためか、山頂付近の稜線上にはそちらからの踏み跡は全くなかった。

地蔵尾根ルートは、マーカーがしっかりあって特に危険なところもない、厳冬期でも街から3,000峰の頂へダイレクトに上がれる希少なルートだ。しかし、長大でアップダウンが続き、体力勝負となること、2,400m位迄は展望もあまりないこと等から敬遠され、普段は歩く人はあまりいないらしい。

確かに、自分で地図を読まない、誰かに連れて行ってもらうことでしか山に行かない人にはこのルートは苦痛でしかないだろう。

しかし、自分で計画を立てる人、他人やGPSに頼らず自分で地図を読み、真面目に冬山の技術を学び、努力しようと考えている人には、お勧めのルートだと思う。

 

◆今回の忘れもの・・・インナーウェア上、雪山用スパッツ、茶漉し。

◆今回のオブジェ・・・ピッケル、わかん。

仙丈ケ岳ピークにて

登山データ:

柏木登山口(1,115m) ⇔ 仙丈ケ岳(3,033m)

図上標高差 1,878m GPS行動累積高度差 ±2,346m※ GPS距離合計25.4㎞

※実際には±2,700mほどらしい

メンバー:H間、他1

記:H間

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