あきる野市 南沢あじさい山

あきる野市 南沢あじさい山

「東京新聞」に武蔵五日市の「アジサイ山」が載っていたからと、世Kさんからお誘いがあった。K端さんも同じ記事を見たようだ。あきる野市のアジサイの名所の山、深沢地区の南沢アジサイ山。昭文社の地図には載ってない。武蔵五日市駅でタクシーを待つ。なかなかタクシーはこなかった。三十分以上待って、やっとタクシーに乗ることができた。 入山料は五百円。個人の山なので、きれいに手入れされていた。沢山のお客様、思い思いにアジサイを楽しんでいた。我々はこのアジサイ山を越えて奥多摩の日の出山まで縦走する予定でしたが、K端さんと私は足の不調で「金比羅山」までの往復とし、世Kさんグループとは別れた。我々二人で静かな山歩きと思っていたら、結構登山者とすれ違う。「金比羅山」を目指して進む。すぐに「金比羅神社」にたどり着いた。この神社の近くに「金比羅山」があるはずだが、ない。近くの木に「金比羅山➡」の標識がかかっていた。その標識に向かって進むが、途中で消えた。近くを捜しながら歩いて進むと休憩所とトイレがあり、十人ほどのハイカーが休んでいた。「金比羅山」を捜していると話すと、「この神社が山頂」と、教えられた。昭文社の地図とは違う。どうやら勘違いをしているようだ。納得しない我々。特にK端さんは絶対納得しない。徹底的に捜しまわる。もう一度、金比羅神社の木にかかっていた標識を見る。この標識が間違っているのだ。地図やコンパスを頼りに、藪漕ぎ。こういう藪漕ぎが苦手な私。しばらく私一人、山の中で立って待っていたが、「熊」の看板も見たことだし、K端さんを追いかけて藪漕ぎして捜す。遂にうっすらと上に延びる登山道をK端さんは見つけた。「金比羅山470」藪の中の木に標識がかかっていた。昭文社の地図は468だが、2m高い。面白い。K端さんの勇気? に感動。その後は元の登山道をダラダラ、行きはタクシー、帰りは武蔵五日市駅まで、歩いた。駅前のレストランで地ビール乾杯。「お疲れ様」(記 福D)

あきる野市の南沢あじさい山の案内を新聞で見た。霧にけぶるアジサイを愛でたくて、世Kさんの計画に乗せてもらった。この花を五十年近く丹精込めて育ててきたのが南沢忠一(87)さん。自宅の庭に咲いた二株のアジサイを植え替えたのがあじさい山の始まり。挿し木で増やすと見物人が増え、「喜ぶ顔を見るとうれしくて」、気が付いたら一万株に達し、毎年一万人が訪れるようになったそうな。しかし高齢になり維持管理が難しくなってきた。そこへ地元の若者が「街のシンボル、アジサイ山を守りたい」と弟子入りし、アジサイの手入れを南沢さんから学び、現在は継続的な運営を目指しているという。(以上東京新聞記事から)武蔵五日市駅からはタクシーで楽をする。アジサイは様々な種類が美しく咲き誇り、特に植林の針葉樹の斜面に植えられたアジサイの風景を珍しく感じた。予定では日の出山、御岳山まで縦走だったが、朝から足腰の調子がよくないので、世Kさんに金毘羅山までで下山したいと伝える。一人で行くつもりが美子さんがついてきた。分岐で世Kさん達と別れ、金毘羅山を目指す。道はよく踏まれ程なく金毘羅神社に着く。山頂はどこに? 休んでいるパーティに聞くと、「ここが山頂だよ」「探したけど分からなかった」などいろいろ。ある人は駅前でもらったような絵地図を見せて、「ここに神社が山頂って書いてあるよ」と言う。しかし昭文社の地図では違う。そういえば来る途中標識も何もない踏み跡がいくつかあった。きっとそれに違いない。来た道を戻りながら、最初の踏み跡に入る。ただの藪。二つ目の踏み跡に入る。いい感じ。だんだん高度を上げていく。やはり山頂は神社と別だった。行きついた先に小さな標識が木に括りつけられていた。皆さんよく踏まれた巻道ばかり通り、山頂は踏んでいなかったのだ。通る登山者に「山頂はこっちですよ」と美子さんが宣伝する。分かってしまえば答えは簡単。問題解決してスッキリし、下山後のビールは美味しかった。(記 K端)

期日 7月2日(日)メンバー 世K佳(L)、渡B、福D(美)、福D(利)、K端